子供3人を育てながら 仕事では新規事業に携わり 国家資格取得に向けて勉強中です

子供の頃からの思い込みを変えると、自信が湧いて、能力を伸ばせるようになったという花崎裕美さんのお話です

会社員
 花崎裕美さん
  富山県在住


自己肯定感が低い理由と第一子の目指すところがわかって

――学んだきっかけと最初の気づきをお聞かせください

次男の育児休業中に赤ちゃんの発達ケアをサポートする講座で、フラクタル心理学の話を聞いて興味を持ちました。入門は休日の講座でしたので、4歳の長男と1歳の次男を主人に見てもらい、2016年の12月から受講し始めました。

講座で自分の内面を見ていくと、私が自分に自信がなくて、自分を責めてしまうのは、母が褒めて自信をつけるような育て方をしてくれなかったからだと、母に対して恨みがましい思いを持っていることがわかりました。それに対して講師からは「衣食住を整えてくれて、生活できていたことこそ親の愛の証です。自分に自信がないのは親のせいではなく、いつも勝ち負けばかりを気にしているからではないですか」と言われました。

思えば私は相手が自分より下とみると「私はこの人よりできている」と勝手にマウントを取り、自分より上とみると「あの人よりもここができてないから私はダメだ」と落ち込んでいました。これでは自己肯定感が上がりようもありません。

さらに、私は第一子で長女なのですが、講座で人生の目的について学んだときに、「第一子は地位を望んで生まれる」と聞き、地位を目指していいとわかり、モヤモヤしていた思いがスッキリしたように感じました。

――問題となる思いはほかにもありましたか?

親に対する勘違いの原因を見ていくために、講座で誘導瞑想を受けると、私が生まれた時のシーンが出てきました。母は無痛分娩の帝王切開で私を産んだのですが、麻酔が効いていて、産まれた直後に抱っこしてもらえなかったのを見て、「私ってかわいそう」と涙が流れました。

それは、親がラクをして出産したために、自分は愛情をもらえなかったと感じていることを表していました。親は子供のために苦しんでこそ、愛があると言えると思っていたということです。

また別の誘導瞑想でも、下に妹が生まれて、母の注目を妹に取られて、「私はかわいそう」という思いが出てきました。さらに、一番下に生まれた弟が中学時代に一時期不登校になったことについても、家庭環境がちゃんとしていなかったからだと母のせいにして、「こんな家庭で育てられて、なんて私はかわいそうなんだ」と思ったのです。

こうして、なにかにつけて親を悪者にしてきたとわかり、心から反省しました。子供たちが小さいうちに気づけてよかったです。

女性的なエッセンスを取り入れ自分と違う仕事のやり方を認める

――仕事に対してはどのように思っていたのでしょう?

勤務先は製造業で、勤続20年です。長男の育休が明け、最初は6時間勤務で仕事に復帰しましたが、長男が小学校に上がったら、仕事は辞めて子育てに専念した方がいいかもしれないと思っていました。入門で、自分の思考が現実化するのだから子育てに関しても自分次第だと学ぶと、3人目を産んでも大丈夫と思えました。3人目の妊娠がわかったのは、その後すぐのことでした。

妊娠中に受けた中級では、仕事と家事を両立させて仕事で活躍したいと思うようになりました。大学は工学部でしたし、入社してからも技術職で、ずっと男性の中で仕事をしてきたので、論理的に考えることは得意でしたが、「そればかりだと仕事で活躍したくても人がついてきませんよ」と講師から言われました。

もともと、女の人とワイワイ話をするのが苦手で、女の人と接すること自体も嫌で、女性に対する否定的な気持ちが強くありました。素直に感情を出すとか、甘えるといった女性的な特性を妹に見て、妹を否定していたために、私はあまり感情を表に出すことがなくなり、女性的なエッセンスも使えなくなったのでしょう。

「女性として楽しむことや、女性としての柔らかさを取り入れるといいですね。花柄の小物を持ってみてはどうでしょう」と講師から勧められると、すごく抵抗がありましたが、ペンケースを花柄にしたり、休日にスカートを履くようにしてみました。

その頃、お腹の子も女の子だとわかると、講師から「女性のエッセンスを取り入れようと、深層意識で思ったのですね」と言われました。

娘を出産後、途中まで受講していた中級の続きを受けました。思考が現実化する世界なので、自分がその思考をためなければ、災害や犯罪などで被害者になることはない、世界は安全らしいと思い始めると、それならば私は自分の世界で何を実現しようかと考えました。このまま仕事でエネルギーを出して働き続けた場合、ゆくゆくは管理職になるかもしれないと思い、管理職になることを視野に入れて働こうと思いました。

――仕事の取り組み方には変化はありましたか?

娘が1歳になり、短時間勤務で職場に復帰した時に、会社で活躍したいと思うなら、技術職しか知らないのでは視野が狭すぎると思い、新設の部署への異動の公募にエントリーしました。自らアクションを起こしたことが功を奏したのか、公募されていた部署ではありませんでしたが、同じく新設される生産管理の部門で、生産性を上げるための改善の提案から実行まで行うプロジェクトチームに異動になりました。

チームメンバーの中に末子の女性がいたのですが、人と話すのが上手で、末子の特性を活かして上手に仕事をこなしていました。これまで、妹が母に話しかけるのは、母の気を引くためで、「そんなの許せない」と思っていたので、仕事中に喋る人は、相手の気を引くためで、上司と話をする=気を引くことだと思い込んでいました。

私自身が女性のエッセンスを取り入れたり、娘を育てることで変わってきたのでしょう。仕事中に話をするのは必要な話をしているだけで、媚びているわけではないと理解し、自分とは違うやり方で成果を上げる人を認められるようになったのです。

技術部にいた時は自分の専門分野を掘り下げましたが、異動した部署では、会社の製造現場を変える役割を担うことで視野が広がり、これまで関りが少なかった部署の方々と仕事をすることで、必然的にコミュニケーション能力も上がりました。

自分なりの仕事の仕方に気づく

――大きく成長できたと思うところはありますか?

自分の自信のなさを変えるために、YouTubeでフラクタル心理学の開発者である一色真宇先生の「勝ち負けにこだわる自分をやめる」という誘導瞑想を聞きました。繰り返し聞くうちに、すべてに勝とうとしなくていい、自分の目指す世界で自分を磨くことに力を注げばいいとわかってきました。

上級とカウンセラー養成講座を受けると、「完璧にしないと人から認められない」と強く思っていたことも、親は私ができてないことがあっても私を認めてくれていたし、新入社員は仕事ができるわけではないけれど、上司は育ててくれるのだと思うと、完璧にできないとダメだと思ってるのは自分だけだったと気づきました。

技術部時代は開発プロジェクトで専門領域の責任者もしてきましたが、部署を異動したことで、論理的に考える能力や、数字に強いこと、プレゼンのスキルなど、自分では当たり前だと思っていたことが評価されることが増え、技術部で身につけた能力は、自分の武器になるのだと改めて知りました。

私にはない能力がある人がいても、それはその人がそこを積み上げたからで、私はそこに注力していないから勝てなくて当たり前と思えるようになりました。私が積み上げてきたものや、今までの経験から培った私なりの仕事の仕方があるとわかると、他人と比べたり、勝ち負けにこだわる思いも薄れていきました。

3年目には、会社が抜本的な改革を進めていくことになり、早期退職を募ったり、年功序列を廃止する人事制度の導入が決まるなど、著しい変化が起きました。私はそれらに関わる業務に携わり、また、同時に新しい事業を起こすための準備を並行して行っていました。今春、社内ベンチャーという形で新会社が設立されることとなり、現在は新会社にて、今後の会社の将来性を左右するであろう新規事業に携わっています。

――子育てとの両立はいかがですか?

「子供が3人いて大変でしょ」とよく言われるのですが、正直なところ大変と思ったことはありません。これまでなら、子供たちが困るような状況にしてはいけないと気を配りましたが、何か困ることが起きても、子供たちは自力でそこを乗り越える経験ができるから、親は手助けする必要がないと思えるようになりました。主人もあえて手を出さないという私の考えを理解してくれて、 早く子供たちが大きくなって自立して欲しいと言っています。

今年の春に次男が小学1年生になり、共働きなので春休みの間も学童保育に預けることになりましたが、私が頼んでいないのに4年生の長男が「僕が連れて行く」と言って、次男を学童保育に連れて行ってくれました。自発的に考えて、できることをしようとする長男を見て、成長を嬉しく思いました。

5年半くらいフラクタル心理学を勉強してきて、一番変わったのは、「お母さんがやってくれなくて、私はかわいそう」という母への恨みのような思いが消えたことです。今では、あえてハードルをたくさん用意してくれた両親に対して、「自分で考えて行動する機会を作ってくれてありがとう」と思えるようになりました。

職場で仕事の依頼をするときにも、以前なら、相手がどう思うかと、相手の負荷や反発を考えましたが、会社全体として必要な仕事だと思えば、躊躇せずに依頼できるようになりました。反対に、負荷が上がる仕事を私が依頼されたとしても、広い視野で考えて、やるべきことには「はい、やります」と気持ちよく答えられるようになりました。今まで感情に使っていたエネルギーを、仕事に回せるようになりスピード感も上がりました。

会社の変革と共に地域経済を活性化させたい

――これからの抱負を聞かせてください

「思考が現実化する」のですから、新会社ができてそこで新規事業に携わることになったのは、会社を変えたい思いや、私自身が変わりたい思いが強く私の中にあったからだと思います。今は会社と仕事が好きでやりがいを感じていますが、おそらくそれは両親のことをすごく好きになったからで、深い意識にある両親への思いは、相似形として会社や仕事への思いに通じているのでしょう。

新会社では、今後、富山県の地域経済を活性化させるようなビジネスも展開していく予定です。私自身の目標も「地域に貢献すること」と決めました。そのためにも自分の能力を特化させたいと、新たに国家資格取得に向けて只今勉強中です。

さらに、将来的には、仕事で活躍したい女性を対象とした心理カウンリングを提供したいと考えています。そのためにも、まずは自分で自分を活躍させることを現実化します。

家族写真

2022年7月発行TAWプレスに掲載
文:(株) Mamu&Co. 藤田理香子